| < 前のページ | 次のページ > |
|
「HOUSE VISION」シンポジウム2日目も終了.
建築家・内藤廣氏の講演は衝撃であったし、まさに私たちが考えなければい内容であった. 以下はその内容の自分なりにまとめたレポートです 日本はこれまでずっと変わるべき機会を逃し続けてきた. まずバブル経済の崩壊,ここで列島改造論で提唱された日本の最適化は無効になった.しかし,日本はここでは変わらなかった,次に起きたのはオウム,ここでは家庭制度なるものの崩壊を顕在化させた,それでも変わらなかった,9.11でもアメリカに追従するだけで変わらなかった.そして3.11で今度こそ変わる機会を失えば日本は飢えないけれども衰退する(安楽死)するか、もしくは縮小する社会に対し蘇生するかのどちらかである. 何が変わる必要が求められているのか. 建築でいえば「土地」.社会でいえば「公共」もしくは「公共の福祉」と「私権」である. 「土地」について. 建築基準法,法1条第2項1号より建築物とは「土地に定着する工作物のうち、屋根及び柱もしくは壁を有するもの」 つまり建築は土地がなければ成立しないのである. 戦後から高度成長期で切れていた賞味期限をずっと先延ばししてきた日本を支配してきたものこそが「土地」であった. 日本は戦後から「土地本位制」で成り立ってきた.「土地」が一番だからその上に立っている建築物にはそもそも価値を見出してこなかった.だから明治から昭和の建築も躊躇せずに破壊できたのである. 同時に「土地」につくられる「空間」はその土地に見合った量を求められる,その要請に従ったのが都心に乱立する超高層による空間である. 「土地」に見合った「空間価値」ばかりをひたすらに追い求めたのが今までの日本の姿であった. もう1つ社会で私たちが考えなければならないとされたのが「公共」もしくは「公共の福祉」と「私権」についてであった. ●民法第1条第2条(基本原則)の条文 第1条(基本原則) 1 私権は、公共の福祉に適合しなければならない。 2 権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない。 3 権利の濫用は、これを許さない ●日本国憲法29条 第3章 国民の権利及び義務 第29条 1 財産権は、これを侵してはならない。 2 財産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める。 3 私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用ひることができる。 今日まで日本人が徹底して求めたのは「私権」であった. その結果が現代の東京をはじめとする都市景観である. というのは「公共の福祉」はじめ「公共」に対する定義も哲学も議論されてこなかったためにただただ「私権」のみによって古い既存の町並みは秩序なく破壊され開発されてきたのが証明している. 三陸の沿岸部では明治の三陸大津波で高台への移住が行われたが、その後「私権」によりまた沿岸部に住むようになっていった. 高台への移住の際に、住民は土地を買い取るように求めている. 土地にこだわるのにはこれまでの「土地本位制」において国や行政は市民の「土地」の永遠性を保証することにのみ力を注いでいたことがある. もし高台ではなく、以前の土地に住むとすると国や行政は城壁のような防潮堤をつくる選択を選ぶだろう. もう一度「私権」ではなく「公共の福祉」を考え直す必要があるということである. 建築と都市に関しては内藤氏のやはり難しいと言葉に詰まっていたが、唯一いったことは ●建築・都市の身体化 ●建築・都市はHOMEたり得るか 身体化とは自分が東京という都市だったら、防潮堤だったらという、モダニズムとは逆の考えを指す. HOMEとは実体のない心のふるさとのようなものを指し、HOMEはHOUSEというハードウェアで支えることができるのかというところまでしかわからないと言っていた. 正直自分の研究は明治から昭和初期で日本の近代化の初期である.簡単に言えば日本が失敗の路線に入った直前あたりの時代である. 建築や都市、そして社会を考える上において近代建築史研究の役割はどこまであるのか正直わからなくなっている. 問題は建築だけでなく、国家規模のグランドプランである.歴史で関われるものもあると信じていつか自分の研究に自信を持てるようになったら内藤氏に直接話してみたい. (ここまで約1700字、読んでくれた人にありがとう)
建築夜楽校@日大での10人程度での意見交換を終えて,自分は前時代的であることを実感した.
何となく感覚としてわかっていた大文字の「建築」の意味、建築をつくることだけの建築に対する批判のようなものが設計をやっている側の方にはあるということ.と理解したが正直よくわからなかった.アーキエイドや帰心の会も建築の内輪でいかに建築をつくるかをただ議論するのはやはりいけない.と理解してよいのだろうか. 建築をつくらないという選択肢をもった建築家というのは、山崎亮氏に代表されるコミュニティーデザインという手法である.と自分は理解した.つもりではある. @日大には設計系の人がほとんどにも関わらず、意匠とかそんな話は全くでないのが不思議でならなかったが、今頃意匠、装飾とかを考えている自分が変人なのかもしれない. 私の愛読書長谷川尭著『洋館意匠』(鳳山社昭和51年刊)の最初に“私(尭氏)自身の建築的〈ユートピア〉の報告書であったといえるかもしれない”と記している. 長谷川尭氏は今日の村野藤吾を建築史上に位置づけた建築評論家であり建築史家である. その本人の〈ユートピア〉の報告書は現在では本当にユートピアで終わろうとしている.おそらく尭氏は『村野藤吾の建築 昭和・戦前』(鹿島出版会)の続編して戦後の活動をまとめた本をだすと思うが、おそらく尭氏のユートピアの残像が戦後にどのように表現されるか非常に楽しみである. まさに自分もそのようなユートピアをいつも頭に持っている訳で、建築夜楽校のように超現実的な分析、提案(プロジェクトなど)の場にはいつも周波数が合いにくい訳である. 明日から「HOUSE VISON」のシンポジウムと11/2のギャラリー間主催「3.11 ゼロ地点から考える」を聞きにいく. あまり期待はしないが、デザイナーの原研哉氏の話は楽しみだ.
昨日,中学時代の同級生らと久々に車でドライブ.
自分以外は社会人で会社の寮生活だったり,音楽をやっているもう1人は同じ音楽仲間でシェアハウスをしていて,実家でのぬくぬく生活からみるとちょっとうらやましくも感じる(実際はそんなに甘いものでない) その友人も再来年にはそのシェアは一体解除する予定らしく,シェアハウスやリノベーションなどの話題に盛り上がる. シェアハウスとリノベーションで有名なのが「東京R不動産」書籍化もされておりいまでは有名だが,なぜR不動産の扱う物件は魅力的なのかを考えるとそこに「物語」を感じるからと考えた. 何の変哲もないマンションやアパートにいろんな人がリノベーションをして自分らしい生活とそので仕事もやっている. 51C型からはじまる計画された住宅を間仕切りもなくし、スケルトン状態にするとまるで白いチャンバスに絵を描くように人は自由に生活空間を作り出す. 建築夜楽校で工業製品のみの輸出では日本の多くは海外に勝つことは難しい,そこで必要なのは「土地」などの他と置換できないもので売る「ブランド化」で生き残るしかない.そのよい例はAppleなどの製品のもつブランド力である. 同様にR不動産の物件にはその物件のブランド化に成功しているといえる. 東京ではこれまで代官山、原宿がメジャーであったが、最近は谷中、千駄木あたりも地域ブランド化で注目されている. 少し前の『Brutus』681号では地方都市の目立ちたがりのブランド化ではなく、地元の人々の地道なブランド化を紹介した面白い紙面だった. 東京で起こることは地方に伝播するのは明治からの流れなので,そこには目をつむることにしても、もう少し「ブランド」というものを考える必要はありそう ただ建築デザインはどうあるべきはまだ未熟な感じを受ける 「設計の設計」では線形プロセスによる周辺環境の「微」を反映させる設計手法を提案している面白い手法であるが、そのデザインの方向はいまだバウハウスの白い豆腐から抜け出せていない気がしてならない それはどちらかというと建築意匠を装飾として考えるサイドの建築家が絶滅危惧種(藤森照信氏などがレッドデータか?)であり、内藤廣もやはり内井昭蔵の域にはまだ達していない、意匠の装飾派といってよいかは不明だが、現在のSANNA、石上純也、ゼロ漸近線モダニズムに対抗するものを表現できていないこのが最大の課題と考える. ただそんな生意気なことがいえるのはまだ先で、八田利也ほどの度胸も知識もないのでこの先のお楽しみにしておくことにしよう. 物語関連では今月の「広告」も物語で編集しており読んでみるといいよ
建築夜楽校での「近代(建築だけでなく、社会、経済を含む)」の終焉というフレーズが冷め止まないなかで、今日は『新建築2011年10月号』の建築論壇,西沢大良氏の「現代都市のための9ヶ条ー近代都市の9つの欠陥」を読む.AT 「キアズマカフェ 雑司ヶ谷」
磯崎新含め参加者のほとんどが認識していたこれまでの近代に由来する都市計画、建築計画などのすべてはもはや持続可能のものではない. 「計画」という法によってつくられるものではなく,「プロジェクト」がこれからの都市や建築を近代の流れから新しいところへ持っていく契機になるだろうということを感じる. 特に大良氏の論壇ではその近代都市の欠陥を「都市」の人口流動性と「集落」の定着性として論じている. 近代「都市」は必ず「人口流動性」によって「スラム」と化す.ここでのスラムはこれまでの後進国での貧困街でのスラムではなく,都市でしかいきることのできなくなった都市生活者をさす.その中にネットカフェ住民や先の帰宅難民も含まれる. 集合住宅の設計で,集落のような建築を見かけるが、その裏には人口流動によって定着性はあり得ない,定着性つまり集落は自給自足などの土地に根ざして生活が持続できる状態をさす,よって近代都市の住居は必ずどこかに「スラム」を内在している. ではどうするか,大良氏はこの論壇では言及をしていないが,スラムを再開発することは結局のところスラムを発生される.よって“ 人口流動性がそれ自身の自然成長性によって制御されるような方法を,模索することだ” “人口流動性が現にどのように都市現象をもたらしているかに注目し,その傾向や法則性に沿うように,都市の計画目標(現代都市像)を転換し,計画技法を工夫していくこと” と述べている. 「近代」という人口流動性を建築家も都市の建築を設計する際にどのように反応すべきなのか,西沢大良氏の今後の論考に期待したい,かつ私たちも3.11以降の建築と都市のあり方を見直すべく考えていかなければならない, ちなみに今自分の取り組んでいる卒業論文はその前近代の建築と建築家を研究している.3.11以降を議論する上では歴史に関する知識により磨きをかけることは絶対に必要だと改めて感じた. 『新建築2011年10月号』はこの建築論壇だけ,十分買う価値はあると思います.他はあまり・・・これを載せた新建築に久々にいい雑誌になったを読者に思わせる内容だったと思う ![]() キアズマカフェでのゆっくりと読ませていただきました
自分は自転車で走るとき必ず以下のことを尊守して走ります。
その1.左側通行、車道を走る。 その2.信号は基本自動車用信号に従います。 その3.手信号をだし、ライトを点灯させる。 当たり前だが日本はそれが守られていない。 持論だが、自転車が車道を走る場合は自動車とのコミュニケーションをしなければならない。 コミュニケーションするにはお互いがまずルールを守ること、基準に沿っていることが求められる。 今の日本の自動車から見れば逆走はする、信号は守らない自転車とはコミュニケーションなんてできない。 自動車にも問題はあるが、自転車がまず交通ルールを守ることからしないといつまでも欧米のような自転車社会は訪れないだろう。 欧米の自転車社会と日本の環境は異なる。 まずママチャリという種類の自転車が特殊。 自転車政策もママチャリとスポーツ自転車と分けて社会実験をやったら面白いと思う。 そんなことを自転車関連のフリーペーパーGreen Mobility Vol.15 p32 疋田智氏の論考を読んで思った。 PS:こんなことをおもったのは今日信号無視のママチャリと危うく激突しかけるというヒヤリがあったからです。新調したばかりのタイヤが思いっきりすり減ってしもうた(泣)
|
カテゴリ
全体
建築設計 2009北海道自転車旅行記 2010ヨーロッパ旅行現地つぶやき 2010欧羅巴旅行イタリア編 2010欧羅巴旅行南フランス編 ツーリングレポート 書籍 東京建築コレクション 建築国際交流プログラム 旅行記 twitter
以前の記事
2011年 10月
2011年 08月 2011年 07月 2011年 05月 2011年 04月 2011年 03月 2011年 02月 2011年 01月 2010年 12月 2010年 11月 2010年 10月 2010年 09月 2010年 08月 2010年 07月 2010年 06月 2010年 05月 2010年 04月 2010年 03月 2010年 02月 2010年 01月 2009年 12月 2009年 10月 2009年 09月 2009年 08月 2009年 07月 2009年 06月 2009年 05月 2009年 04月 2009年 03月 2009年 02月 2009年 01月 2008年 12月 2008年 11月 2008年 10月 2008年 09月 お気に入りブログ
最新のコメント
メモ帳
最新のトラックバック
ライフログ
検索
タグ
ネームカード
おすすめキーワード(PR)
ファン
|